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【微熱】


 ……熱い。身体の芯が、疼く。

 店の喧騒をどこか遠くに感じながら、彼はぼんやりとグラスを口に運んだ。これで何杯目だったろう? 正直、今夜は酒の味がわからない。
「隊長?」
「……あ?」
 間近に覗き込むガタイのいい部下に、ハボックはびくりと身を引いた。
「どうしたんスか?」
 昼間、上官と一緒にいた時に二階の窓越しに聞いた声だ。
「………っっ」
 そのとんでもないシチュエーションを思い出した途端身体がかあっと熱くなって、彼はうろたえた。ガシャンと空になったグラスを倒してしまい、溶け切れなかった水割りの氷がテーブルに零れる。
「うわっ…すまんっ…」
「珍しいっスね。もう酔った?」
 袖が濡れたのを気にする風でもなく笑いかけてくるネイトに、居たたまれなくなってハボックは席を立った。

 今夜は西部に異動する部下の歓送会だった。異動を機に同棲中の彼女と籍を入れるという幸せ者に、小隊の連中は寄って集って同僚を酔い潰し中だ。そんな陽気に浮かれ騒ぐメンバーの中で、ハボックだけが未だに場に馴染めずにいる。
『……マジ、勘弁してくださいっ…! ここ、どこだと思って…っ…っ』
 日中、ロイに無理矢理抱かれた。
 就業時間内の執務室、隣りでは同僚達がいつもどおりデスクワークに勤しんでいて。鍵の掛かっていないドアを気にしながら声を噛むのはひどく辛かった。上官と割りない仲になって暫らく経つけれど、あんなところでするのは初めてで ─── とにかく死ぬほど恥ずかしかったのだ。
“……絶対、隣りにバレてたろ、あれっ…!”
 それだけならまだしも、開け放した窓辺に立たされ、最中に下を通り掛った部下に声を掛けろと強要された。
「………っ。」
 死ぬかと思った。
 思い出しただけで、腹が立ってくる。
“最低だ、あの人っ…!”
 そりゃあ、ここのところずっと忙しくてまともに二人きりの時間が取れなかったのは確かだが、だからと言ってあれは無いだろう。
 別に、ハボックが意図してロイを放っておいたわけじゃないのだ。たまたま上官の残業と外せない飲み会とが重なって、何度か彼の帰りを待てなかった ─── 本当に、それだけ。普段はロイの都合で約束が駄目になる事の方が圧倒的に多かったが、それに対してハボックが不満を並べ立てた事などない筈だった。
 終わった後、必死で身繕いして這う這うの体で執務室を辞したが、どこに行くにも一旦隣を通らねばならず、皆の顔がまともに見れなくて本当に困った。
 だが困るのは、それだけではなかった。
「………っぁ。」
 バーカウンターの端でちびちびとショットグラスを舐めていたハボックは、小さく呻いて唇を噛んだ。
“…大佐のせいだ…くそっ…”
 さっきから、身体の芯が疼いてたまらない。アルコールのせいでは決してない微熱に悩まされながら、ハボックは熱い溜息を吐いた。
 二週間近くまともにしていなかったのだから、切羽詰っていたのは彼も同じだ。三日と空けずロイに求められる事に慣れた躯は、中途半端な行為に満足するどころか、却って熱を掻き立てられてしまったらしい。こうしていても頭の中はロイでいっぱいで、酒の味どころではなかった。
“逢いてえ…”
 ─── あの人に逢って、今すぐ抱き合いたい。
 がばりと身を起こすと、ハボックはスツールを蹴って立ち上がった。喧騒を尻目に、そのままドアへ急ぐ。
 きっと今頃、ロイはしかめっ面で一人残業をこなしている筈だ。一緒に帰ろうと誘ったら、彼はどんな顔をするだろう? 仕事がまだ終わらないようだったら、朝まで傍で待っていてもいい ─── その間、好きなだけあの人を眺めていられる。
「あれ? もう帰っちゃうんスかっ?!」
「悪い! ちょっと急用思い出しちまった」
「えええっ?! 隊長っ!」
 不満そうに引き止める部下に飲み代を押し付けて、彼は夜の街へ飛び出した。


−FIN−
どっちもどっち。馬鹿ップル。


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